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HIP&SQUARE
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k-nakama:

阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
k-nakama:

阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
k-nakama:

阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
k-nakama:

阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
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阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
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阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
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阿佐ヶ谷住宅…。

昭和33年(1958年)にできた、
日本住宅公団による団地です…。

赤い三角屋根の低層住宅棟は、
数多くの名作を残している、
前川國男の設計によるテラスハウスとして、
よく知られています…。

テラスハウスというのは、
本場のヨーロッパとは、
若干意味が違うようですが、
境の壁を共有して、連続している、
いわゆる、
長屋のような形式の集合住宅です…。

広々とゆとりある敷地に、
シンプルで美しい建物、
微妙なカーブを描いた街路等の絶妙な配置、
そして、あふれる緑…。

三浦展 編著『奇跡の団地 阿佐ヶ谷住宅』
という本でも知られています…。

その阿佐ヶ谷住宅…。
最近、取り壊しが始まり
今では、多分、もう、
なくなってしまっています…。

観に行った時には、
確かに、
かなり老朽化しているように思えましたし、
今の感覚からだと、狭い上に、
使い勝手のよくない部分も、
多いのかもしれないなあ、
と思いました…。

ただ、それにしても、
名作と言われたような建築が、
できてから、わずか50年で…。

日本人の生活スタイルが、
それほど急激に変わった、
ということなのかもしれません…。

日本では、住宅の寿命が極端に短く、
欧米のように、
もっと長持ちする住宅・建築を目指すべきだ、
というようなことを、
語られることが多くなっているように思います…。

しかしながら、
今のように、
使い勝手や便利さのみを基準にして、
建築を評価している限り、
長持ちさせるなどということは、
無理なのではないだろうか、
なんてことも思ってしまうのでした…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077066.html
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archi-yoriyori291:

『国立西洋美術館』コルビュジエが日本に残した唯一の作品。基本設計がコルビュジエ、実施設計が弟子である前川國男・坂倉準三・吉阪隆正。地下にに設けられた免震構造の見学スペースがやけに充実していた。
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sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
sumiyoshiyuki-e:

Kunio MAEKAWA House (Tokyo, Japan)
Type : Private housing
Architect : Kunio MAEKAWA
Completed : 1942旧前川國男旧邸
用途 : 専用住居
設計 : 前川國男
施工 : 大和田工務店
所在地 : 東京都小金井市桜町3丁目7番1号 ; 江戸東京たてもの園内
建築面積 : 94平方メートル
延床面積 : 108平方メートル
敷地面積 : 494平方メートル
構造 : 木造
階数 : 地上2階
竣工 : 1942年
備考 : これは1996年に江戸東京たてもの園内に移築復元されたものです。
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sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
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St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
sumiyoshiyuki-e:

St. Alban’s church (Tokyo, Japan)
Type : Church
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1956
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k-nakama:

アントニン・レーモンドは、
チェコ人の建築家で、
元々は、帝国ホテル建設のため、
フランク・ロイド・ライトの助手として来日しました…。

しかし、
トラブル続きの現場に嫌気がさし、
ホテルの完成をまたずに、
ライトと袂を分かち、独立します…。

そして、
その生涯のほとんどを、主に日本で、活動します…。

レーモンドは、当初、
超個性派、ライトの、
強烈な影響に苦しむことになります…。

「日本における実務の当初は非常に困難であった。
 内心では反抗していたにもかかわらず、
 ライトの強い個性がどれほど私の考えを支配しているか、
 私自身認識していなかった。
 懸命に努力しようとも、
 ライト調から逃げ出すことができず」…。

その後、
当時ヨーロッパで興っていた、
最先端の近代建築に接近することによって、
ライトの引力圏から、ついに脱出し、
世界的にも、
当時のトップランナーと言ってもいいような作品を、
中心からは遠く離れていた、東洋の果て、日本で、
生み出していくことになります…。

そんなレーモンド設計によって、
1926年(昭和1年)に完成したという、
エリスマン邸…。

水平を強調した、その姿…。
深く張り出した軒…。

ライトの影響下で藻掻く、
レーモンド初期の、貴重な建築です…。
k-nakama:

アントニン・レーモンドは、
チェコ人の建築家で、
元々は、帝国ホテル建設のため、
フランク・ロイド・ライトの助手として来日しました…。

しかし、
トラブル続きの現場に嫌気がさし、
ホテルの完成をまたずに、
ライトと袂を分かち、独立します…。

そして、
その生涯のほとんどを、主に日本で、活動します…。

レーモンドは、当初、
超個性派、ライトの、
強烈な影響に苦しむことになります…。

「日本における実務の当初は非常に困難であった。
 内心では反抗していたにもかかわらず、
 ライトの強い個性がどれほど私の考えを支配しているか、
 私自身認識していなかった。
 懸命に努力しようとも、
 ライト調から逃げ出すことができず」…。

その後、
当時ヨーロッパで興っていた、
最先端の近代建築に接近することによって、
ライトの引力圏から、ついに脱出し、
世界的にも、
当時のトップランナーと言ってもいいような作品を、
中心からは遠く離れていた、東洋の果て、日本で、
生み出していくことになります…。

そんなレーモンド設計によって、
1926年(昭和1年)に完成したという、
エリスマン邸…。

水平を強調した、その姿…。
深く張り出した軒…。

ライトの影響下で藻掻く、
レーモンド初期の、貴重な建築です…。
k-nakama:

アントニン・レーモンドは、
チェコ人の建築家で、
元々は、帝国ホテル建設のため、
フランク・ロイド・ライトの助手として来日しました…。

しかし、
トラブル続きの現場に嫌気がさし、
ホテルの完成をまたずに、
ライトと袂を分かち、独立します…。

そして、
その生涯のほとんどを、主に日本で、活動します…。

レーモンドは、当初、
超個性派、ライトの、
強烈な影響に苦しむことになります…。

「日本における実務の当初は非常に困難であった。
 内心では反抗していたにもかかわらず、
 ライトの強い個性がどれほど私の考えを支配しているか、
 私自身認識していなかった。
 懸命に努力しようとも、
 ライト調から逃げ出すことができず」…。

その後、
当時ヨーロッパで興っていた、
最先端の近代建築に接近することによって、
ライトの引力圏から、ついに脱出し、
世界的にも、
当時のトップランナーと言ってもいいような作品を、
中心からは遠く離れていた、東洋の果て、日本で、
生み出していくことになります…。

そんなレーモンド設計によって、
1926年(昭和1年)に完成したという、
エリスマン邸…。

水平を強調した、その姿…。
深く張り出した軒…。

ライトの影響下で藻掻く、
レーモンド初期の、貴重な建築です…。
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k-nakama:

日本聖公会東京聖十字教会…。アントニン・レーモンドによる、有名な教会ですが、住宅街の一角に、ひっそりと建っていました…。建築当時は珍しかったという集成材で、骨組みをつくって、屋根を架けただけの、本当に簡素なつくり…。ほとんど「小屋」って感じです…。きっと、相当に、「ローコスト」にする必要もあったのでしょうね…。でも、築50年ぐらい、こうして大事に使われているのを見ると、現在の建築・住宅の、重装備ぶりって、何だろう、と思ってしまいますね…。それぐらい、本当に、軽やかで、そして、かわいかった…。
k-nakama:

日本聖公会東京聖十字教会…。アントニン・レーモンドによる、有名な教会ですが、住宅街の一角に、ひっそりと建っていました…。建築当時は珍しかったという集成材で、骨組みをつくって、屋根を架けただけの、本当に簡素なつくり…。ほとんど「小屋」って感じです…。きっと、相当に、「ローコスト」にする必要もあったのでしょうね…。でも、築50年ぐらい、こうして大事に使われているのを見ると、現在の建築・住宅の、重装備ぶりって、何だろう、と思ってしまいますね…。それぐらい、本当に、軽やかで、そして、かわいかった…。
k-nakama:

日本聖公会東京聖十字教会…。アントニン・レーモンドによる、有名な教会ですが、住宅街の一角に、ひっそりと建っていました…。建築当時は珍しかったという集成材で、骨組みをつくって、屋根を架けただけの、本当に簡素なつくり…。ほとんど「小屋」って感じです…。きっと、相当に、「ローコスト」にする必要もあったのでしょうね…。でも、築50年ぐらい、こうして大事に使われているのを見ると、現在の建築・住宅の、重装備ぶりって、何だろう、と思ってしまいますね…。それぐらい、本当に、軽やかで、そして、かわいかった…。
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sumiyoshiyuki-e:

Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
sumiyoshiyuki-e:

Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
sumiyoshiyuki-e:

Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
sumiyoshiyuki-e:

Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
sumiyoshiyuki-e:

Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
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Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
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Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
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Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
sumiyoshiyuki-e:

Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
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Ehrisman house (Kanagawa, Japan)
Type : Private housing
Architect : Antonin RAYMOND
Completed : 1926
Relocated & Restoration : 1990
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k-nakama:

井上房一郎邸…。

実は、この家は、
名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

オリジナルは、
アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077076.html
k-nakama:

井上房一郎邸…。

実は、この家は、
名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

オリジナルは、
アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077076.html
k-nakama:

井上房一郎邸…。

実は、この家は、
名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

オリジナルは、
アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077076.html
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井上房一郎邸…。

実は、この家は、
名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

オリジナルは、
アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

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名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

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アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077076.html
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井上房一郎邸…。

実は、この家は、
名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

オリジナルは、
アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077076.html
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井上房一郎邸…。

実は、この家は、
名作住宅の、
そっくりそのままの、コピーです…。

オリジナルは、
アントニン・レーモンドの自邸…。

この家を建てた、井上房一郎という人と、
建築家レーモンドの関係についても、
いろいろと、お話はあるのですが、
それはまた、別の機会に…。

ともかく、
1951年、
当時建ったばかりの、
レーモンドの自邸を訪ねた井上房一郎は、
その設計をとても気に入り、
図面の提供を受け、さらに、大工に実測をさせ、
翌1952年、
東西は反転していますが、
そっくりそのままのコピーを、
設計者公認で、建ててしまったというわけです…。

中に入ってみると、
建物を支える丸太が、
むき出しになっています…。

元々は、戦後まもなく、
材料不足の時代の工夫として、
安価な足場用の丸太を剥いて、組上げる手法が、
レーモンドによる、
この表現のはじまりだったのだそうです…。

ただ、
その直截さ、単純さ、経済性など、
レーモンドが大切にしていた建築の原則が、
非常によく表現されていたためか、
その後も多用されることになり、
今では、このスタイルは、
「レーモンド・スタイル」、
なんて呼ばれるようにもなりました…。

建物の真ん中辺りには、
屋根の架かった、
中庭(パティオ)があり、
庭に向かって、
大きく開かれています…。

庭の自然を、居住空間の一部、
と考えていたというレーモンド夫妻は、
しばしば、ここで食事をしていた、
といいます…。

実際、
レーモンドについての本を見ると、
必ず載っている、
ここで食事をしているレーモンド夫妻の写真があります…。

両側は、建物に囲われ、
透明な素材の屋根が架かり、
その先には、庭の緑が見えるパディオで、
テーブルについて、夫婦で食事をしている、
大層気持ちがよさそうな、いい写真です…。

外観も、落ち着いていて、
和風な感じもありながら、
どこか、モダンな感じもあります…。

レーモンドの事務所に、
在籍していたこともある、
前川國男の自邸なども思い出されます…。

ここに、
日本の、木造モダン住宅の源流の一つがある、
ということなのかもしれません…。

実は、
このレーモンド自邸のコピー、
この井上房一郎邸以外にも、
もう一軒あるのだそうです…。

日本住宅公団による名作団地、
今ではなくなってしまった阿佐ヶ谷住宅の設計に関わり、
レーモンドの事務所にも在籍していたことのある、
津端修一さんの自邸が、それです…。

オリジナルの、レーモンド自邸の方は、
今では残っていないのですが、
2つのコピーの方は、現存していて、
その雰囲気を今に伝えている、というわけです…。

こんなかたちでの、
名作住宅の保存のされ方というのも、
アリかもしれませんね…。

http://knakama.seesaa.net/article/388077076.html
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ss-km:

1937 文化学院 ※部分保存
東京都千代田区https://maps.google.co.jp/maps?q=35.699778,139.761028
撮影:2013年3月
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itolights:

#吉村順三 #偉大 #建築家 #モダン建築 #日本建築 #茅ヶ崎 #junzo yoshimura #modernarchitecture #japanesearchitect #chigasaki #japan
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